校章の由来について
「桜の花」をデザインした。中央に校名南小岩第二の「南二」の
文字を記した。
 デザイン願いのは児童、児童教職員の合作で意匠化した。学校所在地は、昔、小岩村字花の木と言ったので、そこから花のデザインが採用され、日本を代表する「桜の花」を校章とした。
 児童が現在および将来において、清楚であるとともに常に理想を高く持ち続けることへの願いの表れである。
 本校は昭和33年3月9日南小岩小学校分校として発足、36年4月南小岩第二小学校分校として独立した。38年1月11日校旗披露式を行った。この日が校章指定日と言える。

校歌について

昭和40年(1965年)ころは、まだ校歌のない学校が多かったが、このころから、校歌を作る学校が増え、開校したら校歌も作るようになった。
 校歌を作ることになり、当時の先生たちは、ほかの学校とはちがうものにしたいという意見を強く出した。そこで、作詞は小林純一さんになった。
 小林さんは何度も学校に来て、いろいろな先生と善養寺や土手などの学校のまわりを歩き、詞を考えてくれた。その時、花など自然が多く、発展していく地いきであることが詞となったのではないだろうか。そして、作曲は中田喜直さんになった。先生たちは、「夏の思い出」で有名な中田喜直さん、とびっくりしたそうである。小林さんと中田さんで童謡を作っていたからだと思われる。
 こうして、できた詞の言葉を大切に、中田喜直さんが曲をつくってくれた。
昭和40年12月4日、校歌発表会が開かれた。小林さんも出席し、消防庁の音楽隊も演奏しにきてくれた。当時の先生たちもこのすばらしい校歌は今でも覚えているそうである。

校歌ができたときの話