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旧校章は「瑞江」の2文字を稲穂囲んだデザインであった。現校章は、校名「瑞江」の背景に三種の神器の鏡、桜の花。外周に剣、勾玉を配している。昔、この地域が農耕地帯であり瑞穂村と称された時代があり、当時の人たちにとって、、三種の神器と桜は生活の花で、この土地を象徴する何よりのものであると考えられたことと想像される。 |
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大正9年7月2日水江尋常高等小学校として開校。昭和22年4月1日現校名に変更。 この地は、農耕地帯(明治22〜大2頃まで)で瑞穂村と称されていた。「瑞江」の校名は、大正2年瑞穂・一ノ江村の合併で瑞江村となったことからのよう。大正9年生まれの古老の話によると「子の方が、6年生(昭和5) のとき、運動会の優勝旗ができて入魂式を行った。それには、現校章がデザインされていた。」とのことである。昭和5年ごろ制定したものと推定できる。 |
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原案作成者 当麻 修策訓導(大正15・4〜昭和14・6 本校在籍) |
| 校 歌 | |
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音域は、児童の声に合うようにし行進曲にもなるように。また、やわらかい曲節と心にせまるものになるように心がけた。 |
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昭和35年当初、校歌制定の機運高まり、一般から公募。小学生から60歳の人たちまで男女多数応募。 滑川道夫氏に選定方を依頼して現歌詞を決定、早速、作曲。同年7月に発表会を行った。記録では、「海上自衛隊による行進があった。」と記録にある。 なお、編曲は、萩浦 宥教諭である。 |
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・作 詞 : 吉満 寿子 当時一ノ江小学校教諭(瑞江尋常高等小学校卒業生。 (5・6年在籍) ・作 曲 : 内田 定夫 当時本校教諭、後、本校12代校長(昭10・8〜35・5 本校教諭在職) (昭41・4〜43・3 本校校長在職) ・編 曲 : 萩浦 宥 当時本校教諭(昭31・7〜39・3本校在職) ・歌詞選考: 滑川 道夫 明39年秋田生、日大卒、東京成徳短大教授、 同幼児教育課長、児童文学会会員、日本読書学会 会長等歴任 |
| 作詞 吉満 寿子 作曲 内田 定夫 編曲 萩浦 宥 |
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| 1、朝日がきらら かがやいて ここ江戸川の ぬるむころ みずもにひびく歓声は よい子 千余の学ぶ庭 正しいことに 勇みたち ながい歴史を つたえいく 瑞江 瑞江小学校 |
2、緑のいこい 藤だなの おとぎばなしがまねくとき 光るひとみが 輪になって みつめる時の 楽しさよ 小さい声が 大きくなって あすの力と なっていく 瑞江 瑞江小学校 |
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| 3、大空すんで ひろびろと 遠く富士の嶺 見えるとき 力をこめて 手をにぎり みんなすくすくのびていく 希望はもえる 胸おどる あかるい峰だ さあいこう 瑞江 瑞江小学校 |
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